「宍戸大全氏が語る時代劇スター大川橋蔵」の集い

2008年3月17日(月)
                                       レポート 



講演会のご報告です。
まず、「特技」としての仕事振りを収めた「宍戸大全のすべて」というDVDをみながら講演会は始まりました。

「命がけ」
飛んだり跳ねたりは言うに及ばず、お城の石垣をよじ登ったかと思うとビルの屋上からロープでもってレンジャー部隊のように降りてきたり、いとも簡単そうにスタントをこなしていらっしゃいました。
その中で「子連れ狼」だったと思いますが、火達磨になって駆け出すシーンで凄い体験をした事を話してくださいました。
防火服などなかった時代です。木綿の大きな布に薬品を塗り火をつけて飛び出すのを待っているのになかなか号令が掛からない。
「行け!」の号令で飛びだしたという映像は文字通り「火の玉」でした。
すんでのところで火傷をするところだった宍戸先生は監督さんに文句を言ったそうです。
すると監督さんはひと言「燃え方が充分じゃなかった」

水の中に飛び込むのも数知れず、自殺の名所である「東尋坊」からのダイブの模様は身振りを入れての説明でしたが、身体を鍛えていらっしゃるからこその演技だったと思います。考えただけで身がスクム思いでした。

そして話は「この首一万石」へ。
“権三”が屋根に飛び移るシーンの様子は「中村座」でお会いした折に聞いていましたが、今回はもっと具体的にお話でした。屋根に飛び乗った時、手ぐすをひいて髷をザンバラ髪にするのですが、タイミングが合わず何度も屋根から落ちたのだそうです。それに満身創痍で飛び乗るわけだからそれ相応の体勢で演技もしなくてはならず、単に20回という回数だけではなく8時間もの時間が掛かっての撮影は「死ぬかと思った」
さしもの宍戸先生にしても大変な体験だったようです。
それを受けた橋様の鬼気迫る演技も見事でしたよね。
“名画の中の名画”
DVDの映像に歓声と拍手がおこりました。



「最初で最後のロケ遅刻」
時間に厳しく正確なことでは定評のある橋様ですが、一度だけロケに遅れてしまった時のお話です。
その映画は「黒の盗賊」
主役ですもの、それがどんなに大変なことだったのかは私たちの想像をはるかに超えたものだったでしょう。その時、橋様はひと言のいい訳もせず、ただひたすら監督さんに謝っていらっしゃったのだそうですが・・・。
実は、お弟子さんの一人が緊急再手術を受けることになり、一晩中付き添っていらっしゃったのです。仕事よりもお弟子さんの命を気遣ったなんて橋様らしいですね〜。
遅刻したのだから当然、プロだから当然!そう言ってしまえばそれまでですが、その後一睡もせず撮影を終わられたとのこと。橋様の役者魂を教えて頂きました。

「黒の盗賊」といえば、スタント話の主役は馬。
二役の乗る相性がいい馬を探すのにひと苦労。黒い馬に変身させるのにひと苦労。
馬を使っての撮影には苦労がついて廻ったようですよ。
ちなみに、二役の乗る一頭は宍戸先生。もう一頭は福本清三さんだったそうです。


「橋様への思い」
宍戸先生と橋様の出会いは橋様の友人でもある市川雷蔵さんの撮影現場を橋様が訪問された時でした。
その時の仕事振りを気に入ってもらえた事が東映に籍を置くきっかけになったんだとか。
橋様との出会いがなければ今の自分はなかったと仰っていました。
それだけに橋様が思いもよらぬ病で倒れられた時は・・・、悔しさの滲む言葉でしたよ。
同年齢ですもの、一緒に仕事がしたかったであろうことが感じ取れました。私も見たかったです〜。

「ご存命だったらどんな役を演じていらっしゃったと思われますか?」の問には間髪を入れず「そりゃ〜、水戸黄門だよ」
やっぱりね!みんなから拍手がおこりました。
「水戸黄門は品がなければ勤まらない」
「いい黄門様になっていらっしゃっただろうね〜」
そしてもう一人、名前が挙がったのが「忠臣蔵」の“大石内蔵助”
これも全員が納得でした。
あ〜、見たかった〜!

「男はね、60歳になった頃が本当のいい顔になるんだよ」宍戸先生の言葉には説得力がありました。
という事は私たちはいいお顔を見ることが出来なかった事に・・・。早すぎましたね〜。
「女は50歳だ」私は自分の顔を思い浮かべて・・・、オヨヨヨヨ〜〜〜。



  「優しさと心配りと」
 橋様への質問の他に他の俳優さんへの質問にも優しく答えて下さいました。
でも、話が込み入ってくると「ここまでだよ〜」と手をクロスしての気配り。
何と優しい!恐れ入りました。

どの質問も感心するものばかりでしたが、その中でも大友柳太朗さんへの質問には特に感心しました。
「仲の良かった大友さんが何故「銭形平次」へ出演されなかったのでしょうか?」
言われてみればその通りですよね。
「大友さんは映画の撮影にはかなり時間をかける人で、三日で一本を完成していく「銭形平次」のスピードには合わせられなかった」
「出たかったと思うよ」と宍戸先生。
本当に、気の合った共演ぶりを見たかったですね〜。

現在撮影中の「水戸黄門」では、土日の撮影は基本的にお休みなんだそうです。
それに引き替え「銭形平次」はほとんど休みも無しに撮影が続けられた訳で
「もう少しゆとりがあったら、あんな事にはならなかったかもしれない・・・」
またまた、悔しさが滲んでいました。



「スタントへの想い」
スタントといえば、一番の見せ場で主人公に代わって演技をするので、お話を聞いていて時には“見る側の夢”が壊れた・・・、という感覚をおぼえないでもなかったのですが・・・。
(でも〜、あの男坂を駆け下りながら見事な殺陣を見せてくださったのは絶対に橋様!という自分の目を信じています)

「そりゃ〜、大事な人に怪我なんかさせられませんよ」
これを聞いた時、生意気だけど宍戸先生の「特技」に掛ける想い(深い愛情とスタントマンとしての誇り)はこの言葉に集約されていると思いました。
宍戸先生にお会いできて本当に良かったです。


「最後に」
いろんな事があったけど無事に講演会を終えることができ、嬉しかったです。楽しかったです。
宍戸先生、心温まるお話をたくさん聞かせて頂き有難うございました。
一日中付きっ切りでお世話いただいた東映の係りの方々有難うございました。
日本各地から御参加いただいた橋様ファンの皆様、有難うございました。
そして大川橋蔵様、たくさんの思い出を有難うございました。

以上が私のご報告です。講演会の様子が少しでも見えたのなら幸いで〜す。